谷保 玲奈 《共鳴/蒐荷》
谷保 玲奈 《共鳴/蒐荷》
佐藤 裕一郎 《Koivumaisema - 白樺のある風景》
選考委員特別賞をいただき、大変嬉しく思います。絵を描く為フィンランドへ渡り、5年が過ぎました。ここでの日々は、自分の描く絵について、今は遠くある故郷について、時により深く考えさせるようです。「見慣れたフィンランドの木々や森や風景なのに、なぜ、日本を感じるのか」そんなことを、僕の絵の前で熱心に語り合う人達がいます。彼らは、辿々しい言葉で語られる説明を求めるのではなく、彼ら自身の目に映るものに、納得のいく答えを見つけようとします。僕は、考えるのをやめて絵を描きます。苦しいこともありますが、絵を描き続けられることが何よりの幸せと信じます。この度の受賞で、応援してくださる方々や、心配をかけている家族を喜ばせることができました。この喜びを励みに、益々精進して参ります。ありがとうございました。
野地 耕一郎
佐藤裕一郎が文化庁在外研修員としてフィンランドに赴いたのは、2016年のことだ。
当初一年間の研修期間を経て帰国するものと思っていたら、引き続き在芬して創作を続けたいと聞いて4年が過ぎた。その間に彼の作風が大きく変容したことに驚いている。東北で生まれ育った佐藤がこれまで描いていたのは、スケールの大きな半立体的画面に風土を主題として、岩絵の具の手触りを活かした荒々しい表情の中に土俗性をうかがわせる獰猛で得体の知れない生命体を浮び上がらせるものだったが、フィンランドで描き始めたのは、目の前の自然を丹念に写実的に捉え直した絵画だった。
一見写真かと見まがうばかりの画面だが、手法は、紙本に部分的に胡粉を塗り、黒鉛で細部の自然を拾い集めるように緻密に描き進めた気の遠くなるようなしごとである憑かれ たように丹念に描き込んだその画面に強く惹かれるのは、何より描きたい欲望が強く顕現しているからだろう。こうした筆致は気まぐれでできるものではない。風土にいすわって、風土さえ超えたところにある「果てしないもの」に眼を注がないかぎりは、思い切れない表現だろう。それはたとえば自然の霊性であったりするのかもしれない。日常のありふれた光景こそ最も不思議な驚きに満ちた世界だと作者は感じているのではないか。無垢な眼で身近な世界を見つづけながら、現実世界それ自体が驚くべきことであり、たとえようもなく不可思議なものだと自覚している風情が、この絵のスケールを遥かなものにしている。
画質は異なるが、どこか長谷川等伯の《松林図》屏風を思わせる水墨画のイメージも去来する素材で、どこまで自然の果てしなさを描けるか、見届けたいと思う。
(泉屋博古館東京 館長)
浅野 友理子 《くちあけ》
石原 孟 《giraff》
泉 桐子 《WE CAN'T GO HOME AGAIN》
大平 由香理 《廻生》
奥山 加奈子 《夢十夜》
金子 朋樹 《Undulation/紆濤 -オオヤマツミ-》
川﨑 麻央 《先ずは岩戸の其の始め》
鴻崎 正武 《MUGEN-Tree of Life-》
小林 明日香 《出発、あるいは到着》
佐々木 真士 《砂と河》
須惠 朋子 《碧のむこうに》
春原 直人 《蒼連》
財田 翔悟 《箱庭の世界》
田中 武 《花のたとえ、嵐のたとえ》
中村 ケンゴ 《収蔵庫》
野地 美樹子 《Uzu-Sio》
白田 誉主也 《マボロシ》
服部 しほり 《四季恢恢図》
福井 江太郎 《曄》
ベリーマキコ 《希望》
増田 舞子 《空と音楽》
三瀬 夏之介 《日本の絵~らせん~》
村山 春菜 《れいわの改新2019》
八木 佑介 《2017/9/19 2:27》
山内 若菜 《牧場 放》
山本 雄教 《White noise #10》
『第8回 東山魁夷記念 日経日本画大賞展』(2021年)展覧会図録
価格:1,300円(税込)
第8回東山魁夷記念日経日本画大賞の入選作全28点を美しいカラー図版で掲載。選考委員長を務める高階秀爾氏をはじめ選考委員全6名それぞれの選評から、推薦委員を務める全国各地の美術評論家、学芸員から寄せられた入選作の熱心な推薦文まで、個性豊かな入選作の数々をより深く楽しめるテキストも満載です。
サイズ:A4判(21.0×29.7cm×0.7cm)
ページ数:80ページ
浅見 貴子 《桜木影向図》
青木 香保里 《境界XI、境界XII》
浅野 友理子 《女将の薬酒》
浅見 貴子 《桜木影向図》
荒井 経 《樹象 二》
泉 桐子 《箱庭療法》
イトウ マリ 欲望の根源《溢れ出す欲望の根源》
及川 聡子 曹洞宗長泉寺 大書院 襖絵《水焔図 玄》《水焔図 白》
加藤 良造 《三境図》
金子 富之 《高龗》
木島 孝文 《A.R.#994 “Veronica” わらう獣、山羊と花》
佐藤 真美 《光の脈》
椎名 絢 《宿・中庭》
田中 武 《斉唱―神7の唄》
谷保 玲奈 《ウブスナ》
長澤 耕平 《ある都市の肖像》
中澤 美和 《環る景色》
伴戸 玲伊子 《流水譚》
土方 朋子 《かへりゆく》
松平 莉奈 《菌菌先生》
森 美樹 《声》
山本 太郎 《熊本ものがたりの屛風 ①女性のハレの日金屏風 ②子供の思い出銀揉紙屏風 ③森本襖表具材料店襖 ④みんなの思い出腰高屏風 ⑤おもかげ屏風 ⑥いと小さきもの小屏風》
山本 雄教 《One coin people -15480円の人々-》
吉賀 あさみ 《黙》
岩田 壮平 《雪月花時最憶君-花泥棒》
蒼野 甘夏 《ビル風赤松図》
淺井 裕介 《36匹の双子の鼠》
浅見 貴子 《梅 1101》
荒井 経 《べろ藍の風景Ⅰ・Ⅱ(連作)》
安藤 陽子 《portrait-36》
岩永 てるみ 《departure》
及川 聡子 《香焔 三幅対》
梶岡 俊幸 《夜居》
川島 優 《Inside》
木下 めいこ 《輝跡》
神 彌佐子 《Stride》
清野 圭一 《真夏の残像》
髙橋 ゆり 《儚くも嘘吹く》
高村 総二郎 《0306》
武田 州左 《風ノ門・818》
武山 剛士 《龍這波濤》
田中 武 《Trick》
田中 望 《大宝市》
谷保 玲奈 《繰り返される呼吸》選考委員特別賞
程塚 敏明 《Departure / Fly away》
堀江 栞 《さまよう》
町田 久美 《蜜月》
松井 冬子 《転換を繋ぎ合わせる》
マツダ ジュンイチ 《刻》選考委員特別賞
丸山 勉 《時の隙間》
南 聡 《雨雫》
村山 春菜 《お・で・か・けーちょっと圏外までー》
山本 太郎 《紅白紅白梅図屏風》
涼 《110036》
鴻池 朋子 《シラ ― 谷の者 野の者》
濱田 樹里 《流・転・生Ⅰ》
淺井 裕介 《泥絵・素足の大地》
浅見 貴子 《松の木 muison-so》選考委員特別賞
市川 裕司 《amorphous》
岩田 壮平 《HANAノ図》
牛嶋 直子 《lighthouse》
梶岡 百江 《トワイライト・パレード》
神戸 智行 《ハナカスミ》
菊地 武彦 《土の記憶2009-20 ―平地林―》
久保 歩 《ファウンデーション》
佐々木 真士 《Life ― ベナレスの沐浴場》
園家 誠二 《月光》
武部 雅子 《雨滴》
田中 武 《裏側 (十六恥漢図シリーズ)》
谷保 玲奈 《出るために見る夢 Ⅰ》
長沢 明 《The Sea Mountain》
林 孝二 《View」
伴戸 玲伊子 《Holy Water》
平野 健太郎 《ソラ》
広田 郁世 《在る日の風景》
間島 秀徳 《Kinesis No.452 (bright water)》
町田 久美 《山》
三瀬 夏之介 《山ツツジを探して》選考委員特別賞
南 聡 《雨の情景》
宮島 弘道 《下山図》
森 美樹 《訪問者》
森山 知己 《海中図》
山本 太郎 《隅田川桜川》
吉田 翔 《白い湖》
岡村 桂三郎 《獅子 08-1》
岩田 壮平 《花泥棒》
岩永 てるみ 《La vue d'Orsay》
植田 一穂 《夏の花》
及川 聡子 《視》
奥村 美佳 《いざない》
斉藤 典彦 《彼の丘》
園家 誠二 《うつろい-1》
瀧下 和之 《龍虎図屏風》
武田 州左 《光の采・672》
長沢 明 《イエローエッジ》
フジイ フランソワ 《鶏頭蟷螂図》
間島 秀徳 《Kinesis №316 hydrometeor》
町田 久美 《来客》
奥村 美佳 《かなたⅦ》
猪熊 佳子 《神話の国から》
小滝 雅道 《Neither a point nor a line,No382(一文字波)》
斉藤 典彦 《in her garden》
阪本トクロウ 《デイライト》
竹川 リサ 《揺り局》
長沢 明 《トラとハル》
西嶋 豊彦 《ハナがフル―最後に見る太陽―》
西野 陽一 《森の家族》
林 孝二 《憑》
町田 久美 《関係》
松崎 十朗 《記憶》
三瀬 夏之介 《日本の絵》
菅原 健彦 《雲水峡》
浅見 貴子 《Matsu 8》
岡村 桂三郎 《鳥 04-1》
加藤 良造 《山水行》
倉橋 利明 《Wibble Wobble Occur FR-1》
斉藤 典彦 《みなも-rb》
新恵 美佐子 《花》
千住 博 《砂漠にて》
西野 陽一 《水の中の森》
間島 秀徳 《Kinesis No.211》
三瀬 夏之介 《奇景》
山口 牧子 《Voice of the Wind Ⅰ》
山本 直彰 《イカロス Ⅳ》
李 準美 《IMAGE-雨の夜①》
浅野 均 《雲涌深処》
内田 あぐり 《吊された男-'00M》
梅原 幸雄 《花笩》
川﨑 麻児 《時のみぞ告ぐ》
斉藤 典彦 《RITES OF RASSAGE》
千住 博 《大徳寺聚光院別院襖絵 砂漠》
武田 州左 《GLOBE光・429》
手塚 雄二 《風雷屛風》
西田 眞人 《雨の街》
畠中 光享 《行歩》
日高 理恵子 《空との距離 Ⅰ》
広島市現代美術館
間島 秀徳 《Water Works(Kinesis)No.140》
宮廻 正明 《火焔奏楽》
山本 直彰 《IKAROS(イカロス)20013》
本当にたくさんの方々に支えられて絵を描いて来ました。
そうした最中にこのような大きな賞を頂けたことはとても嬉しく、色々なことが変わり続けていくこの時代に、絵と共に有る日々が継続していけることを、本当に感謝致します。
絵画のあり方などを考えさせられることが多い昨今です。私の中で平面絵画を描き続ける重要性を実感することに加え、思ってもみなかった新しい取り組みを生み出し、出会えたことはこの時代でなければ成し得なかった事です。私がするべきことや表現への追求を継続し、より良い作品をつくり続けていこうと、改めて決意しました。支えてきてくださった皆様、ありがとうございます。そして引き続きどうぞよろしくお願い申し上げます。
立浪 佐和子
谷保玲奈は、第5回から続いて「東山魁夷記念 日経日本画大賞展」に出品され、第6回展では〈選考委員特別賞〉を受賞している。一貫して描かれているのは、海や陸に生きる生物、 植物や昆虫などで、命湧きたつような姿から朽ち果てていく姿まで、生命の流転を複雑な構図の中に表現している。色彩は、赤やオレンジ、青、緑など本当に多彩で、これほど鮮やかな色が一画面に同居しているのは、彼女特有の色彩感覚がなせる技だろう。
《共鳴》は 2018年、《蒐荷》は2020年に描かれているが、《共鳴》を描いている当初から、対となる《蒐荷》の構想があったという。谷保が「雌雄異株」と表現する2点は、別々に飾ることもできるが、真ん中で繫がるように描かれている。2020年に開催された三渓園旧燈明寺本堂を会場とした展示では、一対の作品として設置されていた。向かって左に置かれる《共鳴》の背景は紺色が基調となっていて、夜を連想させるのに対し、右に置かれる《蒐荷》ではオレンジが目立ち、どことなく陽の光を感じさせる。同展で発表された映像作品 《condition_ 引力 gravity》(ビデオグラファー:岡安賢一)においても、この2点は対の作品として夜明け前の砂浜に置かれ、刻々と変わる環境下で、暗闇の中から浮かび上がり、朝日に呼応して変化する様が記録されていた。波の音を効果音に、描かれているモチーフは艶めかしく蠢いて見えた。
本来なら、2020年3月から1年間、ポーラ美術振興財団在外研修員としてメキシコにて研修予定であった谷保。 COVID-19 感染拡大防止のために渡航を取りやめ、自粛するうちに、制作する気力、発表する気力は消え去ったと告白している。そのうち、表現に飢えはじめた谷保が考えたのが、作品を近代以前の解放された建築空間に展示すること、さらには、海に設置し、時間や気候とともに変化する様子を確認することだった。谷保は、自身の作品は日常と自然と常に密接に干渉しあうと考えているので、美術館やギャラリーという整った環境から飛び出し、生活圏にある海での展示は、その関係性をふり返るための行為であったのだろう。「現代に生きる私なりの日本画という概念への回帰であり、実験」とも語っている。
伝統的な日本画の技法を基礎に、巧みに大画面を構成する力、独自の色彩感覚を備えた谷保が、未曽有のコロナ禍で、改めて自身の日本画と向き合うことになった。今後、訪れる土地や目にする自然に応じて、また新たな作品が生まれてくるだろうという期待を込め、谷保自身も「私の中でも最も重要な発表」と評する本作を推薦したい。
(横須賀美術館主任学芸員)
橋 秀文
谷保玲奈は、2020年3月までに今回の推薦作のひとつである《蒐荷》を完成させた。その時点では、4月以降、メキシコに長期滞在して彼の地で日本画等を制作する予定でいた。その計画に暗雲が立ち込め始めたのは、2月ころから騒ぎとなったコロナ禍によるものであった。4月には緊急事態宣言がなされ、実質的にメキシコ行きは中止を余儀なくされた。
谷保玲奈のテーマは、2010年に大学を卒業して本格的に日本画を制作し始めたころから一貫していて、生きるエネルギーを様々な形態に宿すことを表現することであった。その多くは海中の魚群や貝類が多かったのであるが、決してそれだけのものではなく、さらに昆虫や鳥など様々な生き物が画面の中に蝟集した姿で描き出されており、推薦作の《共鳴》や《蒐荷》も同様である。色彩も谷保特有の赤や朱、オレンジ色などの暖色系と青や群青の寒色系の色彩が入り混じって、遠くから見ても彼女の絵であることがすぐに分かるほど強烈な印象を与える個性的なものとなっている。
この《蒐荷》は、この十年の積み重ねの成果といえる。ここに見られるイメージは、谷保がみた幻視の世界である。それは彼女が求める理想郷であり、また、郷愁を帯びたような既視感を持った世界が眼の前に展開されているともいえる。この《蒐荷》は、それだけで完結した一つの世界を形作っているが、谷保は、2年前に制作した《共鳴》の後に制作し始めたこの《蒐荷》を《共鳴》に続く連作の一環として位置づけようとも考えている。そしてその連作のテーマは、生命体の躍動を描いた宇宙を夢見ているといったものになると思われる。それはエドワルド・ムンクの「生命のフリーズ」を思い起こさせるかもしれない。彼女がこれからこの宇宙をどのように展開させていくか楽しみではある。
この作品自体は、完結した一作品として鑑賞すること自体何ら問題はない。コロナ禍になることがなければ、なおのことである。ただ、この状況が彼女の作品解釈にも変化をもたらした。展示も今までは普通に人工照明の中での展示空間に作品をおいて鑑賞することに何ら疑問を抱くことがなかった。それがこのコロナ禍で三密が叫ばれ始めるにしたがって、そこから触発され、そうした状況を逆手にとって、作品をより自然な環境に置いてみてはどうかとの発想に至ったようだ。谷保はまずはこの《共鳴》と《蒐荷》の連作を展示するのに、横浜の三渓園内に移築されている旧燈明寺本堂(国指定重要文化財)の開放的でかつ自然の薄暗い空間を選択して、そこでの鑑賞を試みようとした。まさに時代に合わせた新しい形の鑑賞方法と言え、作品の解釈にも新しい見方を則すことになるであろう。
まさに時代性を反映した制作及び鑑賞態度を含めて、コロナの時代に生まれたこの《蒐荷》とその連作である《共鳴》を推薦する次第である。
(元神奈川県立近代美術館主任学芸員)